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札幌高等裁判所 昭和63年(行コ)3号 判決 1989年5月08日

控訴人

塚田孝之

控訴人

塚田和夫

控訴人

前田有希

控訴人

塚田洋治

右法定代理人親権者父

塚田孝之

右四名訴訟代理人弁護士

猪狩久一

猪狩康代

右四名訴訟復代理人弁護士

市川守弘

被控訴人

札幌中央労働基準監督署長工藤孝雄

右指定代理人

坂井満

和田寛治

清田京治

天内保秀

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは、「原判決を取り消す。札幌労働基準監督署長が昭和五六年一二月一四日付けで控訴人塚田孝之に対して労働者災害補償保険法二二条の五の規定による葬祭給付の支給をしないものとした処分を取り消す。札幌労働基準監督署長が右同日付けで控訴人塚田和夫、同前田有希及び同塚田洋治に対して労働者災害補償保険法二二条の四の規定による遺族給付の支給をしないものとした処分を取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

労働者災害補償保険法七条二項所定の合理的な経路の認定、解釈に当たっては、同条所定の通勤災害保護制度の制度目的、理念が斟酌されるべきである。とりわけ、同条の立法事実としてILO一二一号条約採択及びその採択を契機とする学者による研究の発展、法的解決の提起等があること、右制度の制定当時には予測し得なかった婦人労働者の増大特に配偶者、子供があって家事、育児を担いつつ労働する婦人労働者が大量に登場していることを、十分考慮すべきである。

この観点に立てば、通勤災害として保護されるためには、通勤と災害との間に合理的関連性が存在すれば足り、合理的関連性の有無は、労働者保護の見地から法的救済を与えることに合理性があるか否かの実質的判断によって合目的的に判断されるべきであり、通勤災害に該当するか否かの判断も労働者の生存権保障の趣旨から広くかつ弾力的な見地からされるべきである。本件においては、訴外シゲは、主婦として、母親としての役割を果たし、家族の暮らしを維持するべく、日々努力し、退勤の途上に最短の距離にある商店に寄って家族の食事のための買い物をしたのち帰宅していたのであるから、本件災害は、合理的経路における災害というべきである。

(被控訴人の主張)

控訴人らの右の主張は争う。

ILO一二一号条約採択が通勤災害保護制度の立法事実になっているか疑問なしとしないし、これを肯定しても通勤災害に該当するか否かの判断につき直接参考とはならない。また、通勤災害保護制度がもともと有配偶者の婦人労働者の就労という社会的実態の認識のうえ制定されたことは疑いがなく、その後有配偶者の婦人労働者数が増大した事実があるからといって、右の判断について従前と異なる解釈をすべき理由もない。

三 証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  本件の事実関係についての当裁判所の認定判断は、原判決理由一と同一である(ただし、原判決五枚目裏八行目の「聞取書」を「聴取書」に、同九行目の「によれば」を「に右当事者間に争いのない事実を総合すれば」に改め、同六枚目表一行目の「最短の」を削る。)から、これを引用する。

二  ところで、労働者災害補償保険法(以下においても、昭和六一年法律第五九号による改正前のもの。)七条二項にいわゆる合理的な経路とは、労働者の住居と就業の場所との間を往復する場合に一般に労働者が採ると認められる経路をいうものと解され、同条三項にいわゆる往復の経路を逸脱するとは、通勤の途中において就業又は通勤と関係のない目的で右の合理的経路をそれることをいい、同項にいわゆる往復を中断するとは、通勤の経路上において通勤とは関係のない行為をすることをいうものと解すべきである。

前記の認定事実によれば、訴外シゲは、就業の場所である農業センターから徒歩による退勤途中に、夕食の材料等を購入する目的で、前記交差点で左折し、自宅と反対方向にある商店に向かって四十数メートル歩行した際に、本件災害に遭遇したことが明らかにされている。訴外シゲが就業場所と住居との間の通常の経路をそれたことは否定することができないし、また、その目的も、食事の材料等の購入にあって、住居と就業の場所との間の往復に通常伴いうる些細な行為の域を出ており、通勤と無関係なものであるというほかない。そうすると、本件災害は、同条三項所定の往復の経路を逸脱した間に生じたものと認めざるをえない。

そして、本件における経路の逸脱は訴外シゲの日常生活上の必要に基づくことが窺われないではないが、同条三項の文理上、労働者が往復の経路を逸脱した間は、たとえその逸脱が日常生活上必要な行為をやむをえない事由により行うための最小限度のものであっても、同条一項二号の通勤に該当しないことが明らかである。したがって、本件災害は、労働者災害補償保険法七条一項二号所定の通勤災害に該当しないというべきである。

三  控訴人らは、通勤災害として保護されるためには、通勤と災害との間に合理的関連性が存在すれば足り、その合理的関連性の有無は、労働者保護の見地から法的救済を与えることに合理性があるか否かの実質判断によって合目的的に判断されるべきであって、通勤災害に該当するか否かの判断も労働者の生存権保障の趣旨から広くかつ弾力的にされるべきであると主張し、その根拠として、通勤災害保護制度の立法事実としてILO一二一号条約の採択等の事実があること、右の制度制定時に予測し得なかった家事、育児を担当しながら労働する婦人労働者が増大している事実を考慮すべきであることを挙げる。

しかしながら、通勤災害保護制度は、業務上災害とみることは困難であっても、ある程度不可避的に生ずる社会的危険である通勤災害を、労働者個人の私生活上の損失として放置すべきでないことから、元来賠償責任のない事業主による保険料全額の負担の下に、特に創設された社会的保護制度であって、その保護を受ける要件は明確に法定されており、文理を離れていたずらに拡張解釈することは許されないというべきである。この理は、控訴人らの主張するとおり、通勤災害保護制度の立法事実としてILO一二一号条約採択等の事実があり、制度制定当時に予測し得なかったほど家事、育児を担当しながら労働する婦人労働者が増大しているとしても、いささかも影響を受けないといわなければならない。控訴人らの主張は、立法論として考慮に値するものと言い得ても、現行法の解釈論としては採用することができない。

四  そうすると、本件災害が通勤災害に当たらないことを理由としてされた本件各不支給決定には何らの違法もなく、控訴人らの本訴請求は、いずれも失当であるといわなければならない。

五  よって、当裁判所の右判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤浩武 裁判官 竹江禎子 裁判官 成田喜達)

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